株式会社トアセイコー <沿革>
1951年6月
前身「セイコーゴム」設立
戦後の混乱期のさなか初代日野恭男が神戸市内にて靴の小売店を開業。モノ不足の中で製造を始める。
1979年10月
初代代表 日野恭男 逝去、日野八一 代表取締役社長に就任 事業を継承
1984年1月
「株式会社トアセイコー 」に組織変更
当時はまだまだ個人商店が多かった長田区の靴事業者の中で先んじて株式会社に組織変更。同時に社名も「株式会社トアセイコー 」に変更。
1991年7月
日野八一 会長に就任、正木貞良 代表取締役に就任
事業継承に重きを置く2代目 日野八一 の意向により代表権を 正木貞良 に委譲。
1991年11月
神戸市長田区細田町に工場移設
戦後の混乱期から製造を始めた賃貸工場から自社工場へと移転。
1995年1月
阪神淡路大震災 本社工場倒壊
不幸にも本社工場倒壊、事務所全壊の被害を受ける。ただ社員を含めた人的被害は皆無の為、被災後3週間という速さで工場を移設、製造を再開する。
1999年6月
ローマン2D・CAD/CAM導入
日本では欧米に比べて遅れているデジタル技術を導入した靴造りの基幹であるシステムを導入。導入後一年で製造裁断まで稼働。現在は製造する商品の100%をデータ化。
2000年5月
代表取締役 正木貞良 神戸市産業功労者表彰
長年の靴業界への功績を認められ神戸市長より表彰を受ける。
2002年5月
代表取締役 正木貞良 兵庫県功労者表彰
長年の靴業界への功績を認められ兵庫県知事より表彰を受ける。
2003年6月
中国青島に独資工場設立
労働力の確保と業界の動向を精査した上で中国に独資工場を設立。以降月産5000足の甲革の断裁から縫製までの生産と半完成品の生産を担う。
2004年11月
代表取締役 正木貞良 黄綬褒章受賞
長年の靴業界への功績を認められ日本国天皇より黄綬褒章を賜る。
2006年6月
ZUND社自動裁断機導入
老朽化した自動裁断機を最新の大型裁断機に変更。多品種少量生産に対応できる体制の確立。
2011年8月
中国青島工場撤退
東日本大震災の影響とチャイナリスクという言葉が出てくる中、独資工場を撤退。東南アジアへと一部の甲革生産を移管すると同時に国内回帰を始め人材の育成と事業継承に着手。
2012年5月
代表取締役 正木貞良 日本ケミカルシューズ工業組合第30代理事長に就任
2013年11月
神戸市長田区一番町に工場移設
震災後操業を続けていた賃貸工場から自社工場へと移設。
2014年6月
レクトラ3D・CAD導入
靴型までのデータ化が可能な最新の3D・CADを導入。サンプル作成においても作成前に可視化できる環境を整える。
2014年9月
Business Continuity Planning (事業継続計画)への取り組みを開始する
2015年5月
平成27年5年16日、震災から20年の区切りの年として また若年層や女性の積極雇用、OJTでの技術習得やBCPへの対応などが内閣府から評価され内閣総理大臣が最新の設備を視察に来社。
2016年5月
日本ケミカルシューズ工業組合理事長を退任
2018年10月
正木貞良 会長に就任
2018年11月
正木貞良会長 旭日双光章を受賞
2023年6月
正木隆彦 代表取締役に就任